こんにちは、制作部の石渡です。
さて、これまで佐賀、鹿児島へ向かう際に利用した「旅名人の九州満喫きっぷ」も残すところあと1回。ラストはどこに行こうか迷っていたある日「佐賀・長崎地区にYC1系追加導入、キハ47形を置き換える」というニュースが入り、そのニュースを聞いた私は「キハ47に乗りに行こう!」と決めたのでした。目的地は置き換えが決定した佐賀・長崎。時刻表で行程を作成した結果、佐世保線・大村線経由で長崎に向かい、帰りは長崎本線を利用という6の字のようなルートで行くことにしました。
朝7時すぎ、久大本線・日田発の普通鳥栖行きに乗車し鳥栖へ。乗車したのはキハ200系。久大本線の普通列車は朝の1往復のみ鳥栖まで乗り入れており、今回はあえてこちらに乗車。久留米では学生など多くの人が下車し車内はガラガラ。久留米を出発して筑後川を渡り佐賀県に入ると列車は九州新幹線としばらく並走。篠栗線・筑豊本線のいわゆる「赤い快速」用の車両として登場したキハ200系は、鉄道総合技術研究所と共同開発した爪クラッチ機構付き変速機と高出力エンジンを採用し電車並みの性能を実現。最高速度は110km/hと国鉄時代に造られた気動車と比べると飛躍的な向上となりました。実際乗車すると、加速や乗り心地が非常に滑らかで国鉄形の気動車にありがちなゴツゴツ感が無いのが印象的でその性能の高さを実感しました。また、この車両は水戸岡鋭治氏率いるドーンデザイン研究所が新型車両としては初めてデザインを手がけた車両でもあります。
7時24分に列車は鳥栖に到着。8分ほど停車した後、普通日田行き1829Dとして鳥栖を出発しました。

その数分後には佐賀発吉塚行きの普通列車2826Mが到着。こちらは415系1500番台。関東出身の身としてこの顔を見ると211系を思い出してしまいます。

長崎本線に乗り換え普通江北行き2831Mで江北に向かいます。

乗車したのは811系リニューアル車。転換クロスシートが並んでいた車内はオールロングシートに変わり制御装置もVVVFインバータに更新。クロスシートがあった頃の面影はほぼ払拭された印象で、JR九州の車両にありがちな木も使用していません。

811系は2028年までに全編成がリニューアルされる予定でデビューから35年が経とうとしてますがまだまだ現役続行のようです。
8時37分、列車は終点・江北に到着。佐世保線の起点でもあるこの駅は、西九州新幹線開業前は「肥前山口」でしたが駅がある江北町の意向で現在の駅名に。「山口」という駅名は駅が開業した1895年(明治28)当時は「山口村」に所在していたことから来たもので、1932年(昭和7)に山口村が小田村、佐留志村と合併し江北村が発足した後は大字として残り、今回の駅名改称は実態に合わせるためのものとなりました。

字も読みも日暮里・舎人ライナーにある駅と同じですね。中央下に描かれているカエルは江北町のイメージキャラクター「ビッキー」で、町が鉄道と道路の分岐点なのと佐賀県の「へそ」の位置にあることから「へそのまち」を意味するおへそが特徴的です。このあたりの言葉で蛙のことを「びっきー」と言うそうで東京出身者としてまた新しい言葉を覚えました。ちなみに、江北町は佐賀県内の市町村で唯一「まち」と読みます。
さて、ここから別の列車に乗り換えるのですが、長崎本線で行くとなると、9時47分発の普通肥前浜行きに乗り肥前浜13時58分発の普通長崎行きに乗り換えと接続があまりに悪すぎるため、佐世保線と大村線経由で長崎に向かうことに。とはいえ、佐世保線の普通列車に乗るのに1時間ほど時間があるのでここで少し散策へ。

↑特急や寝台列車の分割・併合時に使われていた監視台

↑廃止から17年が経った今でも残る寝台特急「あかつき」の乗車位置
駅名は変わっても、肥前山口時代に使われていたものは変わらず残っていました。


駅の北口には、2004年にNHKで放送されていた「列島縦断 鉄道12000kmの旅 〜最長片道切符でゆく42日〜」のゴールを記念した記念碑が建てられています。番組の出演者である俳優の関口知宏さんが描いた日本列島を表現したタツノオトシゴが可愛らしいです。かつては最長片道切符の終点でしたが、西九州新幹線に開業により別の駅にその座を譲りました。ただ江北町は、記念碑の撤去は行わないとのこと。
散策を終えホームに戻り佐世保線で長崎方面へ。

ここで乗車するのはキハ47形。西九州新幹線開業に伴い、長崎本線の肥前浜〜長崎間が非電化化されたためリニューアル改造を施したキハ47形が導入されました。佐世保線は全線電化されているものの、普通列車は日中は気動車、朝・夜は電車が使用されています。

有明海をイメージした青1色の塗装に、側面には長崎本線でキハ47形が担当する区間の地名と朝日を浴びて輝く黄色と夕日が波間に沈むのをイメージしたオレンジ色の装飾が描かれています。前面だけ見ると、香椎線にあった「アクアライナー色」を思い出してしまいそうでした。

車内は、トイレの洋式化などリニューアルは行われているものの冷房、扇風機などの客室はほぼそのままで小規模な改造に留めた印象でした。
9時33分、普通早岐行き143Dは江北を出発。乗車したキハ47-3510は大分車両センターから、相方のキハ47-9031は熊本車両センターから移籍してきました。長崎本線と佐世保線を走るキハ47形は熊本・大分車両センター、ふたつ星4047は「いさぶろう・しんぺい」と特急「はやとの風」で使われていた車両を転属・改造を施し運用されています。車内には運用終了のニュースを知ってか鉄道ファンの姿も。長崎本線が左手に離れ、単線と複線が入り混じった佐世保線を走り、途切れた西九州新幹線の高架が現れると列車は武雄温泉に到着。西九州新幹線の起点でもあり、特急「リレーかもめ」「みどり」は10番線に入り11番線に止まっている西九州新幹線「かもめ」と対面乗り換えのはご存知かと思いますが、一部の「みどり」「ハウステンボス」や全ての普通列車など「かもめ」と接続しない列車は在来線ホームの1・2番線を使用します。武雄温泉を出発し西九州新幹線が左手に分かれ高架を下りると佐世保線随一の難所と言われた西谷峠へ。キハ47は、エンジン音をけたたましく唸らせ急勾配を登ります。上有田から有田にかけて有田焼の窯元が建ち並び多数の煙突が見えるほか、参道を横切る踏切があることで有名な陶山神社を通り、境内では車両側にカメラを向ける人もいました。
10時26分、列車は終点の早岐に到着。ここで佐世保行きの普通6935Dに乗り換えです。出発まであと30分前ですが、すでにドアが開いており乗車できる状態に。乗車したのはYC1系気動車。「YC」とは「やさしくて(Y)力持ち(C)」の頭文字を取ってつけられました。ディーゼルエンジンと蓄電池を併用し省エネと燃費の向上を実現。JR九州初のハイブリッド車両として2020年に運用を開始し、キハ66・67形は引退、キハ200系・キハ220形は他線区に転属しYC1系はJR九州長崎地区の顔となりました。
そんな早岐は「スイッチバックが見られる駅」としても知られ、博多方面から佐世保に向かう列車(逆も同様)は進行方向が変わります。これは現在の長崎本線(江北〜諫早)が開通していなかった頃、今の佐世保線(江北〜早岐)と大村線が長崎本線として営業していたためのもので、1934年の江北〜諫早間の全通により長崎本線は江北〜肥前鹿島〜諫早の有明海沿いに編入し、それまでの江北〜早岐間は佐世保線に、早岐〜諫早間は大村線にそれぞれ編入・分離されることになり、その名残が今も残っているためです。
10時54分、早岐を出発。YC1系の特徴として、発車時は蓄電池からの給電で加速するためインバータ音が聞こえ、その後ディーゼルエンジンへと変わるという言わば「気動車と電車のハーフ」と言ったところでしょうか。大塔、日宇と停車していき2両編成の車内は混雑。沿線にある道路は交通量が激しく、市の中心部に近づいている感じがしました。
出発からわずか13分で終点の佐世保に到着。すぐに区間快速「シーサイドライナー」長崎行き4227Dとして出発していき早岐では余裕があったのに佐世保では忙しく折り返して行った感じでした。


長崎県佐世保市の中心駅である佐世保は、松浦鉄道西九州線との接続駅で、JRの駅としては日本最西端の駅であり駅にはそのことを表すモニュメントがあります。また、松浦鉄道西九州線のたびら平戸口は、鉄道事業法に基づく普通鉄道の駅としては日本最西端の駅としても知られ、長崎県には日本最西端の駅が2つあることになります。現在の駅舎は2001年12月に高架化と同時に完成し、JRは3面6線(ただし5・6番のりばは使用休止中のため実質的には2面4線)、松浦鉄道は1面2線となりました。JRと松浦鉄道の線路は直接繋がっており、かつては直通運転も行われていました。

ここで1時間ほど小休止をして、シーサイドライナーで長崎駅へ。乗車するのは区間快速「シーサイドライナー」長崎行き4229D。車窓から海が見たいので、YC1系の車端部の1ヶ所のみしかないボックスシートに座りタイミングを待ちました。キハ66系、キハ200系と転換式クロスシートを搭載した車両からほぼロングシートのYC1系への置き換えは設備面などで賛否を呼びましたが、やはりロングシートだと車窓が見えづらく、また量産車のロングシートはハイバック型のため窓が小さく感じてしまいました。また、トイレのある車両はおよそ半分のスペースが車いすにも対応したトイレと機器室で埋められ、その反対側には座席が量産車には設けられずという状態になり着席定員がやや減少しました。先行車が車体中央部とトイレの反対側に座席を設け、また床やテーブルに木を採用するなど上品な雰囲気があっただけに、量産車のクオリティが落ちてしまったと言われるのも無理はないと感じました。量産車は先行車の結果を受け改善して造られるため多少の違いはよくありますが・・。良いところを言えばボックスシートのシートピッチが広く、ボックスシートにありがちな窮屈感があまりないところでしょうか。とはいえ、特急形車両並みの雰囲気はあるのに多くのマイナス点がそれを消してしまっている印象は否めず、損をしているなと思いました。
佐世保を12時2分に出発したシーサイドライナーは、早岐で8分停車した後、大村線に入りハウステンボス駅に到着。オランダの街並みをイメージしたことで知られるテーマパーク「ハウステンボス」とは早岐瀬戸を挟んだ対岸にあり駅舎も洋風になっているのが特徴的です。ホームは1面2線ですが、1番線は行き止まり式になっており特急「ハウステンボス」は1番線に進入し折り返すこととなっています。また、この駅は電化・非電化区間の境界駅でもあり諫早方面は非電化のため長く続いた架線はここで途切れます。

向こう側にあるハウステンボス。
非電化区間に入りいよいよYC1系の本領発揮。蓄電池とディーゼルエンジンを併用した走りは軽快で、音も静かで大きな揺れが少なく感じまさに「やさしくて力持ち」な性能でした。ちなみに、ドアチャイムと車内放送がJR東日本のと同じものを採用しており、放送に至っては日本語は三浦七緒子さん、英語はクリステル・チアリさんと九州では西鉄電車と同じ人の声を使っており、関東出身の者として思わず反応してしまいました。JR九州の車内放送といえば合成音声が主流のため、この点に関しては少し驚きました。

量産車の床にびっしりとあるQRコード風の模様。読み込みはできません。
川棚を出ると列車は大村湾の海岸線に沿って走ります。大村湾は一見すると湖のように見えますが、佐世保市と西海市との境界にある「針尾瀬戸」、先ほど通ったハウステンボスの目の前を流れる「早岐瀬戸」の2箇所でしか外海と繋がっておらず、いずれも幅が狭いため閉鎖的な海域とも呼ばれています。大村湾に沿って走る列車はホームから大村湾を一望できることで有名な千綿に到着。実際に、ホームや車内から大村湾と列車を撮影している人もおり観光スポットとして賑わっていました。

車窓に広がる大村湾。曇り空で窓の反射が少し残念・・
松原から先は西九州新幹線が左手に現れ、しばらくは新幹線と並走するような状態に。新幹線との乗り換え駅・新大村から先は快速運転となり、やっと快速らしい走りになりました。ちなみに、シーサイドライナーは「快速」と「区間快速」に2パターンに分けられ、快速は朝と夕方以降に運転、停車駅も長崎本線(市布経由)内は各駅に止まるものの、大村線は諫早〜ハウステンボス間は快速運転、ハウステンボス以北は各駅停車となります。一方区間快速は、長崎本線(市布経由)内と大村線の諫早〜新大村間は快速運転、新大村以北は各駅停車となっています。所要時間は列車によって変わるもののおよそ2時間前後。早岐と諫早でほとんどの列車が10〜20分ほど停車するためここでのタイムロスが所要時間を延ばしてしまっているのかもしれません。また、長崎市と佐世保市を結ぶ高速バスもあり、こちらは片道運賃で1550円、所要時間はおよそ1時間半前後で、これが鉄道になると、長崎〜佐世保間の運賃は1930円と運賃・所要時間共にバスの方が有利なのが現状です。ただ、JR九州では大村線全線、長崎本線(長崎〜諫早)、佐世保線(早岐〜佐世保)が乗り放題の「ぶらり大村線きっぷ」を販売しており、途中下車しながらの利用なら大村線、長崎〜佐世保間をダイレクトに行きたい時は高速バスと分けたほうがいいのかもしれません。
諏訪で新幹線が左手に離れ、その後新幹線と交差し長崎本線の線路が左手に現れると大村線の終点・諫早に到着。ここからは長崎本線に入ります。西九州新幹線開業後、長崎本線の肥前浜〜長崎間は非電化になり架線の撤去も徐々に進んでいますが、諫早も架線が撤去されその先の区間も架線(中には架線柱ごと)が撤去されており、かつて電車が頻繁に走っていた頃の面影が消えつつあるのが印象的でした。喜々津で長与経由の旧線(長与支線)と分岐し市布経由の新線に入ります。現川を通過した列車は九州の在来線にあるトンネルの中で最も長い「長崎トンネル」へ。全長6173mのトンネル内には肥前三川信号場があり、ここでの列車交換を可能としています。長崎トンネルを出ると旧線が右手に現れ合流。左手に長崎電気軌道の線路が見えると浦上に到着。浦上を出て右手には去年10月にオープンしたばかりの「長崎スタジアムシティ」が建ち、程なくして左手に西九州新幹線、右手に留置線、その遠くに稲佐山が現れると終点・長崎に到着。


YC1系の特徴である縁取り部のLEDライトは点灯しなくなりました。

去年9月以来の訪問ですが、その時はあったはずの架線が無くなっており「ついにか・・」という感じでした。
2020年3月に高架化されわずか2年半でお役御免になった電化設備。運用上仕方がないとはいえ「もったいない」と思ってしまいました。

3番線にはD&S列車「ふたつ星4047」が停車中で、毎日運転ではないものの在来線ホームに停車する唯一の特急列車となります。

↑西九州新幹線開業初日の長崎駅かもめ口(東口)。アミュプラザ新館も交通広場も工事中。駅舎の上には稲佐山の電波塔がライトアップされています。

かもめ口周辺には長崎電気軌道が走るほか、ショッピングセンターの「アミュプラザ長崎」があり2023年には新館がオープンしました。

そして、アミュプラザ新館の前にある3本のレール。これは2020年に長崎駅が高架化される前に使われていたホーム跡を表しており、レールの先にあるロータリーやアミュプラザ新館にはかつてホームや改札がありました。3本のレールは、2番・3番線ホームがあったことを表しており芝生の箇所にあるベンチのような台は、ホームデッキを表したりと、たくさんの線路やホームなどがあったことを想起させます。現在、長崎駅周辺では再開発工事が行われ、アミュプラザ新館といった駅ビルのほか、いなさ口(西口)では国際会議や展示会が開催可能なMICE施設「出島メッセ長崎」、長崎警察署、NBC長崎放送が移転・開業し、かもめ口でも交通広場の整備や歩道橋の架設などが引き続き行われ完成はまだ先のようです。
新幹線の開業で大きく生まれ変わった長崎駅とその周辺。完成後の姿に期待を持ちつつ福岡に戻ります。
つづく