大村湾に沿って長崎を目指した往路とは対照的に、復路は長崎本線で有明海沿いを通り福岡へ戻ります。
16時09分発の普通佐世保行き242Dでまずは諫早へ。乗車したのはYC1系。ボックスシートに座ろうと思いましたが、全て埋まっておりロングシートに座ることに。往路に乗車したシーサイドライナーは長崎本線の新線(市布経由)を走行したものの、乗車した242Dは長与経由の旧線(長与支線)を走ります。長崎を出て1つ目の浦上を出ると、新線は右手に旧線は左手に分岐します。新線が開業したのは1972年10月で、山間部をトンネルで貫く区間が多いため所要時間が旧線と比べおよそ10分短縮。それまで旧線を走行していた優等列車は全て新線経由に変更されました。その後、1976年6月に全線電化されましたが旧線は非電化のままとされ新線との格差がより深まることになりました。
長崎トンネルの手前までは旧線と新線が並走し、かつては「電化の新線、非電化の旧線」だった風景も今は過去のものになりました。長与で半数以上の乗客が下車し混雑ぎみだった車内は空席が目立つ状況になりました。長与駅がある長崎県西彼杵郡長与町は多くの住宅地が造成され長崎市のベッドタウンとして発展が進み、長与駅で長崎駅方面へ折り返す列車も多数あります。かつてスイッチバックが行われていた本川内を過ぎ、大草の手前で大村湾が左手に見えいよいよ美しい車窓が広がる区間へ。ボックスシートが左側にあるため、本当はボックスシートに座ってこの美しい風景を見たかったのですが、空いていないためロングシートから風景を見ることに。
長崎県出身でシンガーソングライター・俳優の福山雅治さんの曲「道標」にある歌詞「弓形に続く線路」とはカーブを描きながら大村湾に沿って走る長崎本線旧線を指しているのをご存知でしょうか?福山さんは少年時代、祖母に会いに行くために長崎本線を利用していたらしく、東園で降りては祖母に会いに行っていたとのこと。また、「蜜柑色の夏休み」という曲にも少年時代の福山さんが夏休みに祖母の家に向かう思い出を描いた歌詞があり、タイトルのように沿線にはみかん畑が広がっており「聖地」としてファンの人気を集めているそうです。喜々津で新線と合流し諫早に到着。前にも触れましたが、非電化後も構内にあった架線は撤去されたほか電化時代は特急が停車していたこともありホームに自由席特急券用の券売機とチャージ機がありましたが、これも撤去され長いホームがかつての繁栄を物語っているようでした。




1番線の隣には島原鉄道のホームが。
ここからは、長崎本線の中でも本数が非常に少ない区間に入りローカル線の様相を示す雰囲気へ。乗車したのは17時32分発の普通肥前浜行き普通2152D。車両はキハ47なんですが・・・

なんともカラフルなキハ47が。このキハ47は「Choo Choo 西九州 TRAIN」と呼ばれ、長崎県佐世保市出身でダンス&ボーカルグループEXILEのTAKAHIROさんがデザインを行い、そのデザインを地元の小学生たちが車両にペイントを施しました。車体全体にペイントが施され、その姿はまるで津軽鉄道嘉瀬駅に保存されている「夢のキャンバス号」を彷彿とさせます。そんなカラフルなキハ47に乗って長崎本線を北上。自分にとってはこれが今回の旅のメインと考えており、目の前に広がる車窓を目に焼き付けようと思いました。

小長井駅では有明海と対岸には雲仙岳が雲に隠れつつも見えのどかで美しい風景が広がります。列車は連続するカーブを走行しつつ走行。諫早から肥前鹿島にかけてカーブが連続し、かつて走っていた振り子式車両の885系が導入されたのも納得するほどとにかくカーブが多いのが特徴です。列車は土井崎信号場を過ぎると佐賀県に入り肥前大浦に停車。小長井〜肥前大浦間を走る普通列車は、わずか8往復と長崎本線の中では最も少なく、最大で6時間ほど列車が来ない時間帯があるなど県境越えが困難な区間でもあります。
元々、普通列車は少なかった反面特急が頻繁に走っていたため全体的な本数は多かったものの、特急が毎日走らなくなった今、少ない普通列車しか来なくなったのと、住宅の少なさ&県境付近の需要の低さという公共交通の「あるある」があるのかもしれません。そのため、時間によっては佐世保線・大村線経由の方が早く県境を越えられる場合があるので、新幹線以外の鉄道で佐賀県と長崎県を跨ぐ際は佐世保線・大村線ルートの利用も是非。こちらも、大村線からは美しい海が車窓から見えるので。

肥前大浦駅がある佐賀県太良町は、有明海に面しており潮の満ち引きと月の引力は大きく関係していることから「月の引力が見える町」を掲げており、ホームにはそのことを示す看板も。
軋み音を立てながらカーブを何度も曲がりつつ走行した列車は18時38分、肥前浜に到着

駅名標の中央にある鳥居は近くにある祐徳稲荷神社の鳥居を表しているそうです。

2番線に停車中の諫早から来たキハ47、隣の3番線には鳥栖行きの普通が接続中。
西九州新幹線開業後は、電化・非電化区間の境界となったため一部の列車を除き乗り換えが必要となりました。
私が乗車した列車は向かい側3番線に停車中の鳥栖行きと接続をとっており、このような対面乗り換えが基本となりました。

時刻表を見ると、少ないのが際立っていますね。特に長崎方面は7時49分発の長崎行きが出たあと、次に来る長崎行きは13時58分とかなり空いてて、その間に肥前大浦行きと多良行きという佐賀県内で完結する運用があるのと、長崎行きの観光特急「ふたつ星4047」が停車するものの、こちらは毎日運転ではないためふたつ星が来ない日は普通列車でしか行けない状態に。
今回の旅もこれがネックとなって行きは佐世保線・大村線経由にせざるを得なくなったのでした。
一方、鳥栖方面にも特急列車が1本のみありますが、これは観光特急「36ぷらす3」佐世保行きで毎週月曜日のみ肥前浜に顔を出します。


「Choo Choo 西九州 TRAIN」改めて見ると無骨なスタイルが多い国鉄形車両が柔和に見えてかわいらしいですね。

列車が出発し、再び静寂な雰囲気に包まれた駅。2面3線の構内は広く、電化・非電化区間の境界駅にもなった理由でもあります。当初は、江北〜肥前鹿島間のみ電化設備を残す計画でしたが、1面2線の肥前鹿島では長時間停車などでしばらく線路を塞いだ際の運行上のデメリットが大きく、逆に1駅隣の肥前浜は、2面3線と大きく、折り返し列車もあり乗り換えに適しているため肥前浜まで電化区間が延長されることとなりました。

非電化化された長崎方面を見ると、架線が途切れており「この先電車が走ることはもうない」というのをまざまざと見せつけられました。肥前浜〜長崎間は約46年ぶりに非電化に戻され、寝台特急や特急「かもめ」など名だたる列車が通ったのも過去の話に。非電化化された区間の中には、まだ架線が撤去されてない箇所はありますが、不要になった以上残す必要性が全くないため撤去されると思いますので記録はお早めに。

西九州新幹線 発進!かもめ走る!完全版 より
長崎駅に向け肥前浜駅を出発した「36ぷらす3」。非電化後は肥前浜駅で折り返し、佐世保駅に向かうルートに変更されました。

木造の駅舎は、2018年にリニューアルが行われその3年後には別棟に日本酒バーがオープン。

『HAMA BAR』という名のこちらのバーでは、酒造りが盛んな佐賀県鹿島市の地酒が味わえるとして人気のお店です。
肥前浜駅の近くにある「肥前浜宿」には3つの酒蔵があり「酒造通り」という通称で親しまれています。また、白壁の建物が美しく歴史的に価値がある地域として国の『重要伝統的建造物群保存地区』にも選定されておりいわゆる「映えスポット」として人気を集めています。

今回、私が注文したのは「純米セット」。6種の地酒が飲み比べでき味の違いを楽しむことができ、今回飲んだ地酒の中では「鍋島」が1番飲みやすかったです。
お店を後にし、鳥栖方面へ向かいます。


乗車したのは、817系普通鳥栖行き。鉄道ファンの間では『アルミ缶』と呼ばれているとか・・
関東出身の者として、このような転換クロスシートの背もたれの向きを変えるのが珍しく感じていたのですが皆さんはどうなんでしょうか?
大分を除く九州各地で活躍しているので乗られた方も多いのではないでしょうか。817系は一部編成がロングシート化されていますが、長崎本線や佐世保線で運用されている817系は転換クロスのままです。

ちなみに、817系の側面にはこのようなロゴステッカーが貼られているのですが、所属している車両基地によって色が異なり、今回乗車した編成は佐世保車両センターの所属で同センター所属の817系は「赤」を採用しています。
速度を抑えつつ走行していた非電化区間とは対照的に、電化区間は快調な走りを見せます。江北から先は、佐賀平野を走り線形も良いため列車は時速120km/h近くは出しているのではと感じるぐらいの速さで快走。特急にも劣らないスピードで鳥栖に到着。
鹿児島本線に乗り換えて久留米に到着。長崎日帰り乗り鉄旅はこれにて終了。
7月1日、長崎本線非電化区間の普通列車に使用される車両がYC1系に統一されキハ47は運用から撤退しました。それまでのYC1系は長崎本線では長崎〜小長井間という長崎県内のみでの運用となっていましたが、今回の置き換えで小長井以北にも入るようになりました。このため、江北には佐世保線としての運用に加え長崎本線の運用でも顔を出すようになりました。まだ、置き換え後の長崎本線には乗ったことがありませんがいづれは乗りに行こうかなと考えております。
西九州新幹線開業の裏で、長崎本線は大きな転換点を迎えました。江北〜諫早間に上下分離方式の導入、肥前浜〜長崎間の非電化など長崎本線を取り巻く環境は大きく変わりました。今後、西九州新幹線の状況次第で長崎本線はさらなる変化が起きるかもしれません。西九州新幹線の延伸は問題点が多く開業はまだまだ先の話ですが、納得のいく結末が迎えられるか今後に注目です。
終